春になると

春は桜と異動の季節です。会社員だった頃、異動の時期になると全体がそわそわしているのを感じていました。フリーランスになって変わったことのひとつは、「異動」というものと無縁になったことかもしれません。

入社して最初の配属先がどこになるのか、ドキドキしながら発表を待ったのを思い出します。最初の異動は希望とは違い、まったく予測しないものでした。それでも、あの異動があったからこそ今もこうして書き続けていられるのかなあと思うと、不思議な気持ちです。わかっていないようでいて、上は案外、適材適所を考えて人を配置していたのかもしれません。

フリーランスの場合、どの仕事を続けて、どの仕事を止めるのか、は自分で決めなくてはなりませんから、これはこれで悩みます。始める時よりも、止める時の方が決断は難しい。戦略はなく、だいたいは「勘」です。

さて。

掲載からはだいぶ経ってしまいましたが、異動に関係したお話を聞きました。お話を伺った笹原優子さんは話しやすく、とても素敵な女性でした。「姉さん」と呼びたくなる気持ち、わかります。ご自分の経験をとても楽しそうに話されるので、その雰囲気をなるべく活かそうと思って原稿を書きました。まだ読まれていない方は、ぜひに。

NIKKEI STYLE出世ナビ「キャリアの原点」

最初は号泣するほど嫌だった私の「iモード事件」(上)

iモードからMITへ 「言葉の裏」理解する大切さ知る(下)

余談ですが、お話の中に出てくる松永真理さんにだいぶ以前、ある雑誌でインタビューしたことがあります。編集宛てに「このライターさん、まとめるのがお上手ですね」とメモしてくださった。編集者だなあ、と思った記憶があります。

映画『人生フルーツ』

『人生フルーツ』という映画を見た。愛知県春日井市にある高蔵寺ニュータウンで、雑木林に囲まれた平屋に住む一人の建築家、津端修一(つばた・しゅういち)さんとその妻、英子(ひでこ)さんの日常を描いたドキュメンタリーだ。

この映画の監督、伏原健之氏とは薄い縁があった。本を書く原動力になってくれた取材先の息子さんで、いつか、亡くなったお父様の話を一緒にしてみたいと思っていた。無精者が災いしてなかなかその機会を持てずにいたのだが、ふだんは名古屋でテレビの仕事をしている伏原さんが舞台挨拶で東京に来ると知り、ともかく映画館へ出かけてみようと思った。

受付開始の時刻は午前10時10分。人気の映画だと聞いていたので、30分前には着いていたほうがいいだろうと思い、午前9時半から窓口に並んだ。似たような考えのお客さんがぽつり、ぽつりとやってきて、あっという間に10人くらいの列になった。

チケットを買い館内へ。91分間、物語に没頭した。撮影に入るまで説得に時間を要したであろうことや、相当な時間、カメラを回し、二人に寄り添い続けたのであろうことはすぐにわかった。途中、ごく自然と涙がこぼれた。

物語を構成するのは「特異性」と「普遍性」だと思っている。この場合、夫の修一さんが建築家であることにフォーカスすると「特異性」が強くなり、「夫婦の暮らし」にフォーカスすると「普遍性」が強くなる。『人生フルーツ』というタイトルに決めたことで、作品がより普遍的な物語として伝わっていくことになったのだと思う。日本住宅公団で修一さんの後輩だったという男性の証言が、作品に深みを与えてくれている。

津端家にある様々な道具も、ところどころで効果的に使用されている。物語の縦軸を意図して挿入されたという「小鳥の水浴場」を見た時、専門家にはお叱りを受けるかもしれないが、あれこそが”建築”なのではないかと思った。

形あるものはいつか壊れる。小鳥たちが戯れた水盤もまた、台風で割れてしまう。物語の終盤、津端夫妻の娘さんたちがつぎはぎして直した水盤が、アップで映るシーンがある。修一さんは亡くなったが、水盤は残った。単なる「物質」ではなく、思い出のかけらを含む記憶の一部になっていたということだ。

伏原さんにサインをもらった。ほんの少しだが話ができた。私としては、ありあまる言葉をいただいたと思っている。ほっと胸をなでおろした半面、作品を通じて、自分自身に足りないものも突きつけられたような気がしている。

次にノンフィクションを書く時は、『人生フルーツ』を心に留めて書こうと思った。

島へ

今週はフェリーに乗って海を渡り、ある島へ行って来ました。取材旅行です。そのうち、記事の形でご報告します。まずは美しい空と海のみを。

それにしても、今週は移動の多い週でした。。。

 

取材後記:富士そば丹会長

3月ですが、まだ寒いです。

ところで最近印象に残っているのは、NIKKEI STYLE出世ナビで連載中の「キャリアの原点」で、ダイタングループ(富士そば)の丹道夫会長をインタビューしたこと。にこやかな表情と穏やかな話ぶりで、インタビューが終わると、自ら社内を案内してくださいました。

社員はほとんど外出中でしたが、壁に社員旅行の写真が貼ってあり、「思ったよりも若い方が多いのですね」と伝えると、丹会長は笑ってこう言いました。

「そう、年寄りは僕だけなの」

近所の富士そばを覗いて食べて来たことを話すと、店名からすぐにそこの店長がどんな人か、具体的に話をされたのには驚きました。最後は丁寧にエレベーターまで見送ってくださったことも、追記しておきます。

機会があれば、またいつか、お目にかかって話を聞いてみたい。

まだ記事を読まれていない方は、NIKKEI STYLEのサイトで検索するか、以下のURLをクリックしていただければ、と思います。上下セットです。原則、毎週木曜日に更新しています。(このシリーズは写真もほぼ自分で撮っています)

威張れば運が逃げる「富士そば」成功の秘訣(上) 〜子ども時代のことなどを中心に伺っています。

お金には魔力がある。生かすも殺すも経営次第(下)〜経営者としての考え方を中心に伺っています。

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丹会長の一代記。投稿前にアマゾンで確認したら、中古でなんと19,000円以上の値がついていました。

 

卒業シーズン

お知らせです。2014年4月号から月1本のペースで書いてきた「しんきん経営情報」の連載コラム「ダジャレ・マーケティング 笑う門には福来たる!?」を、2017年3月号で終了しました。

その前の連載「絶滅危惧種な仕事人たち」(2011年4月号〜2014年3月号まで)から数えると、約6年間もお世話になった小冊子です。全国にある信用金庫を通じて取引先の事業主に配られるもので、ちょっとした雑誌に近い数の読者がいました。編集部宛にお手紙をいただくなど、読まれている実感もありました。

しんきん経営情報でコラムを書き始める前は、やわらかい文章が苦手でした。どうすれば楽しんで読んでもらえるだろうかと悩み、書き方を工夫するうちに、だんだんとスタイルが出来上がっていったように思います。

毎回、イラストを添えていただいたイラストレーターさん、つたない原稿をチェックしていただいた編集スタッフの皆さんに感謝します。なかなかできない、いい挑戦をさせていただきました。みなさんのおかげで、このたび無事に卒業できました。

*写真は昨年、都内某所で撮影したものです。季節外れですが。

最後の1個

10数年ぶりに再会した方から、お土産をいただいた。

その日は出張だったのに、わざわざ空港から駆けつけて合流してくださった。ありがたい。

仕事の合間に食べていたら、ある日、とうとう最後の1個になった。

「あっ……」

ふと気がついてカメラを手に取り、撮影した。

小さな箱の中に、お菓子ひとつ。なんとなく寂しい。けれど、おいしい。

そう言えば、人生もこんな感じかも。

ごちそうさまでした。

寒中お見舞い申し上げます

年末年始も慌ただしく過ぎていきました。年明け締切の原稿がなかなか目処が立たず、いただいた年賀状の返事もすっかり遅れてしまいました。いつものことですが、どうぞお許しください。

原稿を書いている間はひどく不機嫌になります。ぶっきらぼうにもなりがちなので、取材申し込みはなるべく一段落してから、投稿も控えめを心がけています。そんなことをしているから、いつまで経っても仕事が終わりません。

というわけで、すっかりお知らせが遅くなってしまいましたが、久しぶりにプレジデントウーマンに書きました。2月号の表紙に出ている「超シンプル時間術」ではなく、巻末の「働き方革命」です。今回はオムロン ヘルスケアを特集しています。東京と京都、2つのオフィスで取材させていただきました。ボリュームたっぷり5ページです。よろしければお目通しください。

どんな感じか、ちょっとだけお見せします。

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余談ですが、初詣でおみくじを引いたら「大吉」でした。今年は何かいいことがあるでしょうか。意外と「神頼み」です。